きらっせネット歴史館


海上八幡宮近くのお寺。

旭市内のほぼ中心にあるお寺。隣には西宮神社があります。この地区は昔「成田」と呼ばれていた。真福寺のかつての山号に由来する宝珠の摩尼珠から「まにた=なりた」になったという説があります。明治6年 真福寺の客殿を教場として成田小学校開設が開設されました。
また、前住職中村頼真さん(以下敬称略す)は文化人としても活躍した。明治41年、山武郡緑海村の勝覚寺住職の二男として生まれ、真福寺住職に赴任した角田澄宣の養育を受けて真言宗智山派の教化事業にたずさわり、 戦後、復員してから寺の仕事のかたわら青年団活動や文化活動に力を注いでいました。
昭和25年、旭町役場・観光協会が募集した「旭町音頭」に応募し、町の名所、物産を織り込んだリズミカルな歌詞が他を圧倒して当選した。コロンビアからレコードが発売され、現在も七夕市民まつりで、運動会で、宴会で気軽に歌われています。
 昭和29年旭市発足後に一部歌詞を手直しし、歌手も演歌歌手として人気の高い都はるみさんに代わりさらに普及した。  昭和31年住職となり「観音様」のお坊さんと親しまれ、また旭市教育委員として教育行政にも貢献しました。となりの公園には「SL」が置いてあり、公園施設も充実。旭市の夏のイベント七夕祭りでも祭りの中心地になっており、また市民の憩いの場として長く愛されてきた。真福寺の入り口にある池には「七夕祭り」で出店で買った「緑亀」が勝手に放されて現在ではこれが緑亀?と思うほどのサイズに成長している。
このお寺近くにはSLやら飛行機やら、緑亀やら色々あります。本当に。
訪れたときに見た緑亀のサイズには驚きました。子供づれにはいい場所だと思います。それもこれも住職の人柄からなのか今でも子どもが多く集まっています。


JR旭駅より徒歩10分ぐらい。

駅から旭市役所に向かって歩いていくとわかると思います。