きらっせネット歴史館


干潟町にある古社。御神幸祭は盛大。

熊野神社の御祭神は速玉之男命、伊邪那美命、事解之男命。大同元年(西暦806年)東国の鎮護として紀州に坐す熊野の大神の御神託により三川浦を経て、勧請されました。
古来より松澤荘(現干潟町)の総鎮守として地域の人々から愛されています。
卯年の10月5日から3日間をかけて斉行される12年目毎の三川大神幸は通称「おはまおり」「三川おいで」「御幸(みゆき)」と呼ばれている。干潟町熊野神社から山田町志高、東庄町青馬、海上町松が谷、海上町蛇園などを経由し、飯岡町三川浜まで11カ所の番所が設けられる、それぞれの番所では「殿様」「使者受け」「使者」などの役を決めて、1,2ヶ月前から練習に入る。そうして、ご神体を待つ。5日の出発は卯の刻(午前6時)立ちといって朝早くに社前に集合し、神職や供奉員、氏子一同が出御祭を執行後に行列を整え出発。番所では参勤交代の他領通過の際の状況を模したものの演技が行われる。3段の桟敷をかけ、上段に殿様、中段に家老、側用人。下段に使者受けと称するものがいて、芸能を披露する区の使者は大門より許可を得て、双方の警護の人に付き添われ、関所に昇殿し、応答をする。番所通過の許可をもらい、門まで帰り、その後、芸座連が入る。そこではさまざまな芸能が披露されます。
11箇所すべてをめぐり、最後には御神体とともに飯岡三川浜で海に入る「御浜降り」で幕を閉じる。平成11年(1999)に開催されたのは第88回目にあたる、このことから歴史の古さを理解できる。通常考えて88×12=1056!!途中戦争などによって行幸が困難なときがあったにしても・・・・ものすごい年数だと思いませんか?
また、熊野神社の神楽は当地方では最も古い伝統があるといわれています、従来は毎年3月21、22日の2日間にわたり、熊野神社の大御饌祭、太々講社祭とともに行われていましたが、現在では21日(彼岸の中日)に奉納されているようです。神楽殿(右上写真)の前面庭上に斎場を設け、玉垣で囲み、正面に大榊と四隅に4神(玄武、青竜、朱雀、白虎)の置物を飾り行われます。本殿は立派で、本殿脇には夫婦石(下写真)や樹齢800年、高さ30メートルといわれるの杉の大木(町指定記念物、右写真))もあり、歴史を感じさせるに十分です。
JR干潟駅からでも旭駅からでも車で約12分。
旭駅から東総有料道路入り口へ向かって走り干潟中学校を越えて2つ目の信号を右折したところにあります。