きらっせネット歴史館


色々といわれている『銚子』の由来を個人的に考証します。

昔々の書物『和名鈔』に「下総海上郡三前郷」と見える。今より1000年前まではこの呼び名で一帯が呼ばれていたようだ。銚子市内に三ア町の名が名残を残しているように思われる。中世に入り『飯沼』という呼称も興る。それがなぜ『銚子』になったのか・・・文書中に初めて銚子の名が出てくるのは300年ほど前の1700年ごろという。これは田中玄蕃家の文書の中に『元禄四年 十一月漁入会訴訟一件、下総国銚子外浦内浦』とある。つまりそんなに昔ではないということらしい。その14年後には『銚子の水、其の口より出ずるに似たり、世俗之を喩えて(たとえて)浦の名となす所以なり』という文章が戦前の宝満寺にあったようですが戦火で焼失してしまいましたが。ここでは酒器の銚子が由来となりそうである。最初は銚子口、その後銚子湊と称して川口の港内外の水面を指していたものがいつしかこのいったいの汎称になったようです。三前の呼称は各地にありそのほとんどが『岬』にあった、相模の国にも同様の呼称の港があるため煩わしかったのではなかろうか?